宝塚市の概要
宝塚市は、兵庫県南東部に位置し、伊丹市、猪名川町、川西市、三田市、西宮市、神戸市北区に隣接しています。市域は、南北に細長く、西は六甲山系、北は長尾山系に囲まれ、住宅地が広がる南部市街地と北部農村地域で形成されています。また、同市は、「歌劇と温泉の町」として知られていますが、安産祈願の中山寺や、かまどの神様で有名な清荒神清澄寺を始め、歴史ある神社仏閣などの観光地が豊富にあり、年間約1000万人の観光客が訪れています。
宝塚のあゆみ
古くは、縄文・弥生時代より人々が住んでいたといわれ、市内に点在する大小200基を超える古墳が、古代の人々の営みを今に伝えています。また、宝塚の「塚」とは、これらの古墳を指し、参拝した村人が幸福になったという言い伝えから、「宝の塚」と呼ばれようになり、宝塚の地名が生まれたといわれています。
中世になると、宝塚では農耕が盛んになり、桃山時代には、山本の地で日本の園芸市場に残る画期的な木接術を発明しました。この発明により園芸先進地の地位を確固たるものにし、日本屈指の植木産地として広く知られることになりました。
江戸時代の小浜地区は、有馬道、西宮街道、京伏見街道が交わる交通の要衝であり、宿場町(小浜宿)として栄えました。小浜地区の旧街道沿いに今も残る多くの神社や文化財から、当時の様子が伺えます。また、小浜は、酒造りに優れ、井原西鶴の『日本永代蔵』には「小浜流」として、その酒造流儀が紹介されているほどです。さらに、腕の良い大工や左官が数多くいた町として知られ、大工組「小浜組」が結成され、難波御堂別院の建築や京都御所の蛤御門の修理などで活躍しました。このほか豊臣秀吉や秀継が有馬入湯のついでに小浜へ立ち寄り、名水「玉の井」から汲んだ水で千利休に茶をたてさせ、喫茶を楽しんだという伝承が残っています。
明治以降、宝塚は、観光のまちとして知られるようになります。明治17年(1884年)、武庫川右岸で温泉が発見され、明治20年(1887年)に宝塚温泉が開業し、次第に賑わいを見せてきました。明治30年(1897年)には、阪鶴鉄道(現在のJR宝塚線)が開通し、明治末には小林一三(阪急グループ創業者)らの努力により、箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄宝塚線)が開通しました。さらに小林氏は、武庫川左岸に新温泉を開業させ、大正3年(1914年)には、宝塚少女歌劇(現在の宝塚歌劇)を創設、その後、宝塚は、「歌劇と温泉の町」として全国に知られるようになりました。
昭和に入り、1951年(昭和26年)3月15日、川辺郡小浜村が町制を施行し宝塚町となり、1954年(昭和29年)4月1日、宝塚町と武庫郡良元村が合併したことにより、宝塚市となりました。
現在の宝塚市は、「おしゃれ」「華やか」「きれい」といった都市イメージがあり、このイメージの背景にある「都市の美しさ」に着目し、自然環境や都市景観を守り、育てるとともに、産業振興など都市としての持続的な発展を図り、「真に美しい都市」を目指しています。
宝塚の名前の由来
宝塚の「塚」とは、市内に数多く残る古墳のことを指し、幸福をもたらす土地として人々に語り伝えられ、宝塚の地名が生まれたといわれています。
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歴史民俗資料館 |
| 住所: |
〒669-1211
兵庫県宝塚市大原野字松尾1宝塚市立少年自然の家内 [地図を見る]
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| 電話番号: |
0797-91-0314 |
| 開館時間: |
10:00〜16:00 |
| 休館日: |
月曜日、年末年始 |
| 入館料: |
無料 |
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